OSA日記

旅と食と健康とメンタルと

倉吉

毎年ゴールデンウイークはどこに行っても殺人的な混雑なので、あまり予定は立てないが、特に今年のゴールデンウイークはカレンダー通りで、長くても4日しかないのでなおさらだった。
と言って、あまりに何もしないのもどうかと思い、思い立って日帰りのドライブをすることにして、Googleマップを眺めていた。有名どころはどこも混雑なので、少々地味めな鳥取県の倉吉に行くことにした。

中国道を西へ向かって走り、途中から鳥取道に入る。何度か通った道でそんなに混まない印象だったが、流石にゴールデンウイーク、鳥取を過ぎたあたりから断続的に混みだして、途中止まってしまうほどの渋滞にもなった。この道は無料なので、鳥取県だけでなく島根方面へ行く人もよく使う上に、片側1車線なので混むのも無理はない。
「はわい」のランプで道を外れるが、その先もかなり渋滞していたので助かった。国道を通って倉吉の市街地に入っていく。山陰本線を陸橋で越えるが、倉吉駅は市街から離れたとことにあるので、ここから更に南下していく。

妻は遠方に出かけると、とかく野菜直売所に行きたがるので、最初に旬菜プラザ「よってみたい菜」というところに立ち寄る。直売所は昼をすぎると売り切れが多いので、朝早く行くのがコツのようで、いくつかの野菜の他に、うまそうなぼたもちと桜もちも購入する。

もうしばらく走り、倉吉市役所へ。ここは観光駐車場になっていて無料である。倉吉は各所に無料の駐車場があり、観光客に優しい。車を止めて街なかへ。倉吉は白壁土蔵群で売り出していて、町並み全体が良い雰囲気。特段目玉になるようなものはないが、良い雰囲気でゆっくり歩く。古い建物をそのまま利用した土産物屋とかがあり、地元のものや名物の打吹だんごなどを買う。

白壁土蔵群

町並みを堪能したあと、打吹公園へ。桜の名所のようで、シーズンにはかなりきれいだろうと思うが、青葉になってもなかなか良い雰囲気。歩いていくと猿園やちょっとした動物園もある。有名なのは飛龍閣で、大正天皇行幸のために建てられたとか。

打吹公園

ここで思い出してもう一度街中に戻り、米澤たい焼き店へ。1匹ずつ焼くいわゆる天然物で、しばらく焼き上がりを待って購入する。焼きたてを一ついただくが、色が白くもちもちしていて大変美味だった。

車に戻って少し移動し、倉吉パークスクエアへ。いろいろ立派な建物が集まっていて、子供向けの遊具も充実している。ここの一角にバイキングの店を見つけたので入る。値段は安いが充実していて、特にハンバーグが美味。腹一杯になって、向かいのパークスクエアへ。ここになしっこ館というのが隣接していて、入ってみる。
鳥取は梨が有名だが、梨をテーマにしたところで、歴史とか品種とか多くのことが学べる。梨と言っても二十世紀や幸水くらいしか知らなかったが、かなり多くの種類がある。袋掛け体験というのもやっていて、結構楽しめる。

倉吉パークスクエア

車で移動して更に西へ。今回の目的の一つである倉吉線廃線跡に向かう。以前にも書いたが、鉄道の廃線跡を歩くのが好きでいろいろ行ったが、ここは線路も残っていて、廃線跡観光案内所というのもある。あまり観光地化されているのは好きではないが、駐車場もあるとのことで向かう。

予想に反してけっこうな人気のようで、駐車場は満車になっている。幸い1台出るところだったので入れたが、その後もひっきりなしに車が来て往生している。ここは「日本一美しい廃線跡」として売り出していて、一般の人もよく来ているようだ。
案内所のすぐ裏から廃線跡になっているので、線路に沿って歩いていく。

倉吉線廃線跡

倉吉は前述の通り山陰本線から市街地が離れているのでそこを結ぶことと、山を越えて姫新線と接続する目的で作られたようだが、途中の山守で終わっていてそこからは建設されないまま40年前に廃止になっている。廃線跡はかつての関金駅付近から1区間くらいを歩くが、1キロくらいでちょうど良い距離。前後にかなり人が歩いている。

のどかな風景の中歩き、旧泰久寺駅から竹林の中に入っていく。このあたりが白眉で、線路の間から竹が生えている景色の写真が有名のようだ。人が多くてポスターのような写真にはならないが、なかなかお目にかかれない光景であることは確かで、堪能する。
更に歩いていくとトンネルが塞がっていて、歩けるのはここまで。風景を堪能しながら戻っていく。

日本一美しい廃線跡

旧泰久寺駅まで戻るが、ここにはガチャガチャがあって、200円を投じてやってみると硬券の泰久寺駅入場券が当たった。無人でホームだけの駅なので実際はこんな入場券はなかったかもしれないが、久しぶりの硬券の感触は良いものだ。

案内所に戻って車で出発。近くにスイートランドというのがあるので寄ってみるが、工場見学は終わっていて、土産を見るにとどまる。

倉吉観光はここまで。帰りは鳥取道がかなり混んでいるようなので、南下してトンネルを抜けて蒜山へ向かう。3つある山を眺めなが更に進み、湯原インターから米子道へ。中国道に合流すると車は増えるが、山陽道の比ではなく流れはスムーズ。ただ、鳥取道が合流すると更に車が増えると予想されるので、その手前のパーキングでトイレは済ましておく。
果たして作用ジャンクションからは飛躍的に車が増え、サービスエリアでは入る車が大渋滞している。それを横目に見ながら帰り、その先どの道を通っても混んでいるためかなり手前で高速を降りて下道で無事帰宅。

ゴールデンウイークはこういった車や人の流れを予想し、できるだけ巻き込まれないようにすることが大事である。

散髪

2ヶ月ぶりに散髪に行ってすっきりした。
散髪は髪を切ってくれるだけではなく、頭を洗ってくれたり簡単にマッサージしてくれたりとても気持ちよく、それでいて安くてコストパフォーマンスがとても良い。

散髪の歴史は長い。

子どもの頃は近所の散髪屋にお金を握りしめて行ったものだ。散髪屋のおじさんはとても親切で、いろいろ話しながら頭を刈ってもらっていたのをぼんやりと覚えている。
当時頭を洗ってくれなかったので(別メニューかも)、帰りは襟口がチクチクしていたのも覚えている。終わったら50円玉を渡してくれて、向かいにある駄菓子屋でお菓子を買って帰ったのもよい思い出だ。

中学くらいでその店は閉店し、父親が行っていた別の散髪屋に行くようになった。
中学は丸刈りだったので楽だったかもしれない。店主は喉頭がんの手術をしたとのことで、ガラガラ声で話をしていた。

社会人になり福岡へ引っ越した時に、散髪屋も探さないといけないことに気づき、当時はネットなども一般的ではなかったのでとにかく近所の散髪屋を探していくようになった。ここも丁寧に散髪してくれ、毎回行くのが楽しみだった。
散髪屋というのはどこに行っても親切で、嫌な思いをしたことがない。

面白かったのは、東京に住んでいたときに通っていた散髪屋で、立石という下町だからか、そこのおじさんはやけにフレンドリーだった。散髪の時はあまり喋らないほうだが、そこはおじさんが話し好きで、はじめから終いまで喋っていたような気がする。
終わった後、なぜかタバコを咥えさせられ火をつけてくれたが、タバコを吸うか聞かれもしなかった。当時は吸っていたので良かったが、やたらきついタバコで閉口したものだ。

名古屋に引っ越したときも散髪屋を探したが、そのころから格安のところが出てきて、2,000円弱暗いのところを見つけて通うようになった。それまでの散髪屋はだいたい一人か二人でやっているところばかりだったが、そこは何人も理容師さんがいるとことだった。
こういうタイプの店は始めてで、安いとどんなものだろうと思っていたが、しっかりと髪を刈ってくれ、洗髪までしてくれたので、これはいいとそこの常連になった。
店員さんはちょっといかつい人が多く、特に金髪で強面の人(「ごくせん」というドラマに出ていた「クマ」という人に似ていた)が担当になった時はちょっと緊張したが、外面とは違ってとても親切でほっとしたものだ。
名古屋には10年近くいたので、何回通ったかわからない。

関西に帰ってきて早速散髪屋を探したが、うまいこと1600円(洗髪は別で200円)というところを見つけ、早速行ってみた。
9時オープンということで、9時過ぎに行ったらすでに10人近く並んでいて、午前中に終わるだろうかなどと考えながら順番を待っていたが、素晴らしい速さで次々と順番が回っていき、程なく席につくことが出来た。
それもそのはずで、手際がとても良い。髪を刈る人と顔をあたってくれる人が別担当で、流れ作業のように進んでいく。
流石に刈り方は若干雑なところがなくもなかったが、別に髪型にそんなにこだわりはなかったし、やることはやってくれたので、この価格でのコストパフォーマンスは素晴らしいと思った。
手際がいいのでそんなに話はしなかったが、何度も通っているうちに顔を覚えられたのか、他の人が刈ってくれているときに店長から「その人は左側が膨らみ気味だから、多めにかるように」などと申し入れがあったりして、よく覚えているなぁと感心したものだ。

昨年引っ越したときに残念だったのは、その散髪屋との縁が切れてしまったことだが、こちらに来て新しく見つけて通い出した散髪屋も素晴らしい。
価格は2,200円と少し上がったが、丁寧さが格段に違う。髪を切るときも顔をあたるときもとても丁寧で時間をかけてくれる。
毎度さっぱりしてとても良い気分で帰ることができる。

それにしても散髪屋さんはとてもコストパフォーマンスがいいと思う。髪を切るのはもちろん、顔剃り、洗髪、簡単なマッサージなどけっこう手間暇と時間がかかるのだが、それでいて税込み2,200円。しかもポイントカードもあって、あと1回行けば200円割引になる。

まったく頭が下がる思いである。

もう十数年通っている農業ボランティア先は蕎麦の生産を行っているが、人手不足や高齢化が進んできており、継続が難しくなってきたため、そろそろ方向転換することになった。

蕎麦は身内でそば打ち大会をするためだけにして、1箇所に縮小して生産することにし、後の畑では行わないことになった。

 

すでに一部の畑では様々な種類の果樹を植樹して栽培を始めているが、その他の畑全てに桜を植えることになった。

数年後には桜の名所になるように、という壮大な計画で、苗を270本用意した。

 

ここは日本海側でこの季節はずっと天気が悪いが、たまたま晴れた日曜日に集まって作業となった。

 

朝早くから集落の人がユンボで土盛りをしてくれているので、そこに植えていく。

土盛り

作業は単純で、シャベルで穴を掘り、桜の苗を植え、マルチをかけ、肥料を入れて固定する。

苗を植える班と肥料とマルチの班に別れて作業していく。

桜の苗

作業そのものは単純でそんなに時間はかからないのだが、なにせ数が多い。畑は広大で、やれどもやれども先が見えない。しかも連日の雨で畑はぬかるんでおり、場所によっては長靴の上端近くまで土に埋まってしまうところもあり、歩きにくいことこの上ない。

 

10メートル間隔で苗は植わっていて、土に足を取られながら歩き、しゃがんでマルチに杭を打つ作業はかなり足腰に来る。昼までにすっかり腰が痛くなってしまった。

 

昼休憩を挟んで夕方まで作業は続き、予定の苗を全て植え終わった。見渡してもひょろひょろの苗が閑散と植わっているだけだが、身体の疲れから達成感はある。

泥だらけの長靴や道具を洗い、服を着替えて人心地つく。

 

集落の人いわく、「これは限界集落の壮大な社会実験である」。今も一部桜が植えられていて春にはきれいに咲くが、これは20年前に植えたものらしい。

桜が満開になっているところを見られるかどうか、と少々寂しい言だが、先のことを考えて何かをするのは有意義なことだと思う。

 

翌日思ったより身体は痛くなかったが、翌々日に筋肉痛になり、我ながら歳を取ったものだ。

信州旅行

コロナ渦以降全く行けていなかった泊まりの旅行だが、ちょっとした記念日でもあり、実に久しぶりに計画することにした。行き先は妻がまだ行ったことがないという信州にした。

名古屋に住んでいたときは信州は割と身近なところで、思い立って日帰りで行ったりしていたが、今住んでいる関西からはけっこうハードルが高い。当初長野を起点にしてそこまで列車での移動を考えていたが、北陸新幹線敦賀まで開通したとはいえ朝早く出ても到着は昼前になってしまう。

調べてみると、神戸から松本までの航路があり、9時頃に到着する願ってもない便があったので、松本を起点に3日間のコースを考えた。一つだけ不便だったのは松本空港のレンタカーが休業していて、松本駅まで移動しなければいけないことだったが、列車での移動に比べると些細なことだった。

月曜日に有休を取り、土曜日からの出発。早起きして電車で神戸空港まで。今回登場するのは初めて使うFDAだが、窓口の対応はとても親切だった。
天気は当初雨続きと言っていたが、今日は曇りで、下の景色はよく見える。さすが信州行きの航路で、アルプス等の山々が眺められ、御嶽山の直上を通過したときはなかなかの迫力。60分の短いフライトなのにクロワッサンまで出していただき、とてもサービスが良い。

定刻に松本空港到着。松本駅前のバスターミナルまでシャトルバスで移動。すこし歩いてレンタカーを借りる。今回はePowerと呼ばれるハイブリッド車を予約したが、新型が当たりラッキー。

せっかく松本に来たので松本城を見に行く。松本城は5つある国宝の一つで、有料の本丸には入らなかったが、堀の外側から眺めるだけでも十分満足。内堀が広いのが特徴で、水面に写る天守閣も良いものだ。

松本城天守

松本からはアザレアラインと呼ばれる道路で山に向かう。適度にワインディングがあるが走りやすい道。ePowerはアクセルを緩めると回生がかかりブレーキを踏まなくても十分減速するため、ペダルを踏み替える必要がなく、カーブが多い道はとても走りやすい。

扉峠でビーナスラインに入り、さらにワインディングで高度を上げていき、美ヶ原高原へ。近場の駐車場は満車だったので、美術館の駐車場に車を止め、歩くことにする。木道で屋外美術館御横を通り、牛伏山を越えると、美ヶ原高原を上から眺めることができる。

ここは何度か来たことがあるが、いつ来ても景色は最高だ。今日も曇っているが、北アルプスから富士山までぐるりと山々を眺められて絶景。木の柵に沿って広々とした高原を歩き、美しの塔まで。

一服したあと、王ケ頭ホテルまで歩いていく。最後に若干上りの道を進んでホテルに到着。ここのカフェでカレーをいただき、近くをすこし散策。西側の景色も眺められ、いつ来ても絶景だ。

美しの塔と王ヶ頭ホテル

帰りは同じ道を引き返し、牛伏山を越えて駐車場に戻る。ビーナスラインを引き返して南下。扉峠を過ぎるとまた新たな景色が見えてくる。長野県は行けども行けども新しい山が出てくるので飽きることがない。
和田峠八島ヶ原湿原を過ぎ、霧ヶ峰へと入っていく。途中2度程展望台などで景色を眺めるが、八ヶ岳や富士山、乗鞍などが眺められ、これから向かう蓼科山も見えてくる。山好きにはたまらない。

ビーナスラインからの絶景

道はやがて白樺湖に向かっておりていき、ここを過ぎてしばらく行くと、今日の宿泊地の女神湖に到着。宿泊はAMBIENT蓼科ホテル。きれいなホテルで、夕食のコースも美味だった。

2日目
昨日の曇りと打って変わって快晴。ホテルの専用出口から目の前の女神湖に出られるので、朝食前に散歩する。近年はどこに行ってもきれいな紅葉が見られなくなってきたが、ここではよく堪能できる。湖畔から蓼科山が眺められ、人も少なくて静かで、とてもいいところだった。

女神湖と蓼科山

ホテルを出て北上する。程なく長門牧場があるので立ち寄る。ここも広々としてぐるりと山の景色が眺められる。牛や馬を眺めてから北上を続ける。

国道142号線に当たって東へ。道の駅ヘルシーテラス佐久南に立ち寄る。大きなところで人もいっぱい。野菜や果物が好きな妻は買って帰られないことを残念がっていたが、うまそうなアップルパイだけ買う。ここからは次の山の浅間山が遠望できる。
その浅間山に向かって中部縦断道を北上。国道18号線に入ってさらに東へ向かい、軽井沢へ。

あまりこういうきらびやかな街は好きではないが、今回は一人ではないのでこういう観光地も盛り込んでいる。果たして街中は人と車であふれている。事前に調べていた駐車場は予想通り満車ばかりだが、たまたま見つけたパーキングで出庫する車を見つけて運よく駐車できた。

旧軽井沢の銀座商店街を歩くことにするが、ものすごい人並み。店も人が多く、京都の清水坂を彷彿とさせる。いろいろと眺めながら散策し、聖パウロカトリック教会に立ち寄り、ショー通りを歩いて上皇様が美智子様とテニスをしたという軽井沢会テニスコートを眺め、軽井沢を堪能して車に戻る。

軽井沢の別荘地

三笠通りを北上し、白糸ハイランドウェイに入る。ここに来る人は大半が白糸の滝に立ち寄るみたいだが、ここは通過してそのまま鬼押し出しハイウエイへ入る。
鬼押し出しも何度か来ているが、相変わらず溶岩の迫力はすごい。眼前の浅間山は雲を被ってしまい、千トン岩は見られなかった。

鬼押出しの奇岩

さらに北上を続け、行きたかった鎌原観音堂に立ち寄る。日本のポンペイと呼ばれる鎌原は、浅間山の噴火による土石なだれで集落が埋まり、観音堂の階段は50段あったのが15段しか地上に出ていない。発掘すると石段下に逃げ遅れた人の白骨が出てきたのも有名。
隣にある嬬恋村郷土資料館で、当時の様子や発掘物、映像等を見る。

鎌原観音堂の途中まで埋まった石段

そのまま北上し、今日の宿泊地は草津温泉。ここも来たことはあるが泊まったことはない。宿泊は亀の井ホテル。チェックインしたあと、専用の出口から温泉街に出る。いかにもな温泉街にはやはり人があふれている。軽井沢もそうだが、ここは関東圏の観光地で、聞こえて来るのは関東の言葉ばかり。
中心の湯畑をゆっくりまわり、温泉街を堪能する。温泉街だけに地元の有馬温泉城崎温泉に雰囲気はよく似ている。

草津温泉の湯畑

ホテルの夕食はバイキングだが、ここの料理はとても美味しかった。バイキング好きでよくホテルのバイキングにも行ったりするが、引けを取らない美味しさだった。
もちろん温泉も最高だった。

3日目
昨晩から雨が降りはじめ、朝も雨。これまで天気は良かったので良しとする。
朝食もバイキングで、やはり美味しいし土地ならではの珍しいものもあり満足。

出発して志賀高原道路を北上。一旦雨は小降りになっていたが、次第に本降りになり、標高をが上がるにつれて風も出てきた。この道の見どころの殺生河原や展望台も通過、国道最高地点があるが、碑を写真におさめただけで早々に立ち去る。以前通った時に見た絶景が見られず残念。

国道最高地点の碑

渋峠を通過すると下り一辺倒となる。ePowerの回生が活かされて燃費が向上する。

下りきって勾配が緩くなり、湯田中温泉信州中野を通過し、次の目的地小布施へ。小布施は栗で有名で、ちょうど季節だが平日なのでなんとかなるだろうと思っていた。
が、着いてみると人で溢れている。辛うじて駐車場に車を止め街中を歩くが、小さい街は人だらけ。以前は並ばずに入れた栗の木テラスも長蛇の列であきらめ、売っていた焼き栗を買って車で食べ、早々に出発。

30分ほど走って長野市内へ。最後の目的地善光寺へ。平日なのに駐車場は車がいっぱい。境内もいっぱい。天気は急速に回復して日が差してきた。
本堂を参ってからお戒名檀巡りへ。真っ暗な中を進んで行き、無事に極楽の鍵を触れる。
お参りしたあとは門前町へ。名物のおやきをはしごし、店をのぞいたりするが、ここの雰囲気はいつ来てもいい。

大きな善光寺本堂

車に戻って南下、松本に戻る。高速の途中で姨捨サービスエリアに寄り、善光寺平の景色を堪能。真下にJRが走っているが、姨捨駅は日本3大車窓の一つ。

善光寺

松本に戻って旅は終わり。レンタカーを返却してシャトルバスで空港へ、FDAで神戸に戻る。信州は好きなところで、最初はダメだと思っていた天候にも恵まれ、とてもいい旅となった。

 

前方見通し

出張に行くことになり、特急の出るターミナル駅まで快速電車で移動していた。

 

いつもと違う時刻、ルートということもあり、先頭車両の運転席後ろに立っていた。私は列車に乗るときは車窓を見るのが好きで、ずっと見ている。通勤で乗っていても外を見ているが、毎度同じ車窓風景でも楽しいものだ。

 

今回は先頭なので列車の進む方向を見ることになり、すれ違ったり追い越したりする列車や駅、線路のポイント、風景など、見飽きることがない。

 

前方の景色を見ながらふと思ったのは、横からの車窓を見るより先々いろいろなことが分かるということ。横からだといきなりすれ違ったり駅を通過したりと、刹那的な風景となるが、前方にいるともうすぐすれ違う列車や通過する駅が遠くから見えるため、突発的に何かが見えるということはない。

 

そうこうするうちに社車内アナウンスが入り、どこかで車が線路の橋げたにぶつかり、近隣の列車に緊急停止信号が発せられ、間もなくこの列車もスローダウンするとのこと。

 

前回の出張でも列車が止まってしまい予定の特急に乗れなかったので、またかよーと思いながらも、今回はかなり余裕をもって出てきたので大丈夫だろうと踏んでいた。

まもなく列車は速度を落とし、ほとんど歩くくらいのスピードになり、しばらく進んで止まってしまったが、目の前に先行列車がいるという異常事態になった。

 

前の列車が本来止まってはいけないところに停車してしまったので、車掌が確認しているとのことで、なかなか動き出さない。が、前でなにかごそごそしているのが見える。

かなり時間が経ったあと、よく見ると前の列車がじわじわと動き出したのが分かり、まもなくこちらも動き出した。

 

アナウンスだけだと状況がよくわからずじりじりしてしまうが、事態が見えているというのは何か余裕を持って対処できるような気がする。

 

これは列車だけのことではなく、万事言えることではないだろうか。

何事も、突発的な事態が起こるとうろたえるばかりだが、あらかじめ予測したり調査したりして備えをしているとうまく対処できることが多いと思う。

 

前方をよく見ていると、遠くから何かがやってくるのがよくわかるし、ゆっくり近づいて来るように見える。これを横から見ていると、突発的に何かが表れ、一瞬で消える。何が起こったか分からないこともあるだろう。

 

結局特急には余裕を持って間に合った。前方見通しとともに、余裕も大事だと思う。

普通二種免許

いい歳になってきて、この先少しでも役に立つ武器があれば、といろいろ考えていたが、その一つとして普通自動車二種免許を取ることにした。
二種はご存知の通り、タクシーなどで旅客を乗せて運転するのに必要な免許。今のところすぐにタクシー運転手をするつもりではないが、この先何があるか分からないので、選択肢を多く持っておくに越したことはないと考えたのだ。

今年初頭に自動車学校に申し込んだが、春にかけて入校者が多く混むので、春以降の申し込みだと割引きがきくとのことで、4月に入校することにした。

仕事しながらの学校なので、週末か夜遅くしか行けないが、その旨を伝えるとうまくスケジュールしていただき、まずは土曜日に入校し、早速翌日日曜日から学科を受ける。
免許を取ったのは数十年前なので、改めて受ける講義は新鮮だった。

しばらくは学科を受けていたが、ようやく教習に入ることになる。免許がマニュアルなので、教習もマニュアル車。しばらく乗っていないのでどうなるかと思ったが、身体が覚えているらしく、すぐにスムーズに運転できるようになった。

クランクやS字、方向転換等は特に問題なく、縦列駐車も一つコツを覚えればほとんど失敗することもない。安全確認やウインカーのタイミング、一時停止など普段とイメージが違うが、運転するうちに次第に慣れていった。

一段階は問題なく進み、見極めも済んで2段階へ。路上に出ることになるが、二種だけに、目的の場所に停車することや転換(Uターン)なども必要になる。「あの電柱に後ろのドアを着けるように」といった指示が出たりする。また、シミュレーションというのが何回かあり、ゲーム機のようなもので急ブレーキや悪天候など実地でなかなかできないシチュエーションの練習もある。ただ、かなり酔いやすく、ちょっと大変だった。

学科は一度救護の内容があり、これは6時間続けて受講しなければいけない。平日しかないので、ここだけは休暇をとって受講する。よく見かける人工呼吸などで使用する人形を相手に、丸一日実地の講義。

これで学科はすべて終わり、最後に効果判定という試験がある。今はパソコンで受験してすぐに判定が出る。それまでにアプリや教本で勉強していて、なんとか合格。
翌日に卒業検定。さすがに緊張するが、縦列駐車や鋭角コーナーなど場内のメニューは失敗なくできる。ただ、路上に出て、停止することが4回あったが、そのうち一回は路地が入り乱れているところで停車位置が難しく、自らやり直しをすることに。

大きな減点かと心配したが、結果は合格。総評でやり直した停車位置は問題なかったと言われてちょっと拍子抜け。最後に卒業証書とか貰って、自動車学校は終了。

免許試験場での本試験は平日しかやっていないので、休暇をとって受けに行く。それまでに様々な練習問題をしたが、ひねくった問題が多く、ちょっとした文脈や判断が難しいのばかりで自信がなかったが、本試験は素直な問題が多く、自信を持って解いていけた。
直後にあった発表で合格していて、心底ほっとした。

午後から手続きだが、これもあっさりと終わって免許証を手にすることができた。種類のところに「普二」が入っただけだが、感無量である。

入校してから3ヶ月、我ながら頑張ったと思うが、試験などもスムーズに進めて本当によかった。さて、これを活かすことはできるのだろうか。

ばね指

指先に違和感を覚えはじめたのは10年近く前になる。

 

右手の中指を曲げるとわずかに引っ掛かりを感じるようになった。たいしたことはなかったので放っておいたが一向に治らず、違和感は次第に大きくなっていく。

 

そのうち、農作業などで手をよく使ったあとには痛みを感じるようになってしまった。指を曲げるとカクッとひっかかるようになり、朝起きた時には強張っていて、曲げるとかなり痛みが生じるようになった。

 

調べてみると弾発指、通称ばね指というらしい。指は屈筋腱という腱で曲げ伸ばしをするが、腱を押さえている鞘のようなものが、その名の通り腱鞘という。腱や腱鞘が炎症を起こすのがお馴染みの腱鞘炎だが、これが腫れてしまうことで腱が腱鞘の中を通りにくくなり、そのうち引っ掛かりができてしまい、カクッと曲がるようになってしまうのだ。

 

理屈が分かっても治るわけではないのだが、とにかく朝一に指を曲げるのが苦痛なので、寝ている間も指がまっすぐになるように、棒をテープでとめて、指を固定して寝るようにした。朝の痛みはマシになったが、次第に日常でも不便を感じるようになってしまい、とうとう医者に行くことにした。

 

検索すると、大阪のとある整形外科のホームページに、ばね指のことがとても詳しく書いてある。治療方法なども丁寧に掲載しているので、ここなら信頼できると思って行ってみた。

 

小さな医院だったが、ほぼ開始時間に行ったにも関わらず超満員で、診察までかなり時間がかかると言われて、受付をしたあと駅に戻ってお茶をすることにした。

結局2時間近く待ってようやく診察。

 

先生は大変丁寧に説明してくださり、エコーを見ながら状態を教えていただく。

治療には松竹梅があり、松は安静にすること、竹はステロイドを打つこと、梅は手術することだそうだ。安静にしてもラチがあかず、いきなりの手術も怖かったので、「竹」ステロイドを打つことにした。ただ、効果はあるが再発しやすいのが難点とのこと。

 

いきなり手の平に注射を打つと激痛なので、一旦手首から麻酔を打ち、効いてきてからステロイドを打つ。かなりな量で手がパンパンになった。

 

家に帰って夜になった頃には腫れも引き、翌朝には引っ掛かりがほとんどなくなったのでたいしたものだった。1週間くらいで完全にスムーズになり、引っ掛かりに慣れていたので、それがなくなった日常は素晴らしいものだった。

 

ところが1年くらいたった頃、忘れていた引っ掛かりを感じるようになってきた。恐れていた再発で、やはり完治するには至らなかったようだ。しばらくは我慢していたが、もう一度前回の先生のところに行くことに。

 

同じ説明のあと、前回同様、竹か梅かどうするかと聞かれ、もう一度だけステロイドを打つことにした。効き目は前回と同じで、引っ掛かりはなくなったが、ボランティアとか畑仕事とか、手というものはよく使うもので、やはり1年くらいで再発してしまった。

 

ただ、手を酷使したあとは酷くなるものの、よくストレッチをすることで引っ掛かりはだいぶ軽減できることが分かり、ごまかしごまかしそのままで過ごすようになり、数年が過ぎた。

 

今年に入り、家の木を切ったり根を掘ったり、ボランティアで木を切ったり田植をしたりと作業が続き、ばね指はとうとうごまかしがきかないくらいの状態になってしまった。

いよいよ決断の時だと思い「梅」の手術をすることにして、電話をかけて予約をすることにした。

 

ばね指の手術は、いくつかある腱鞘の一つ、A1腱鞘を切開するというもので、通常は術後に縫合するため抜糸に1週間くらいかかるらしい。が、ここの先生は特別な器具で手術することで傷口がきわめて小さくなり縫合の必要がなく、3日くらい水に濡らさなければそれで良いという。

 

診察していただき、手術には問題はないとのことで、一般の受診が終わるのを待つ。当日は同じ手術を受ける人が4人もいて、順番に行う。予約していた私が1番だったが、他の3人は診察に来て、当日いきなり手術を受けることになったらしく、えらくカジュアルな感じだった。

 

手首から麻酔を打ち、30分後にもう一度手のひらに麻酔、やがて麻酔が効いて痺れてきた頃に手術。といってもほんの1分くらいで終了。全く痛くもない。終わったその時点で指を曲げてみるように言われて恐る恐る動かすと、引っ掛かりは全くない。感無量である。

 

大袈裟なくらい包帯を巻かれて終了。そのまま電車で帰る。

 

翌日診察でもう一度行き、状態を見ていただく。麻酔が切れた後はどうしても違和感があるが、指を曲げてみるように言われてその通りにすると、結構曲がる。先生からも翌日にこんなに曲がる人は少ないと言われる。包帯は絆創膏になり、これで終了。あと2日濡らさなければいいそうで、どうしても1ヶ月くらいはむくみが続くので、リハビリを兼ねて指は積極的に動かすように、とのこと。

 

絆創膏を貼ってくれた看護師さんは、ばね指の手術は今月で60人以上とのことで、世の中にはかなりばね指で困っている人が多いことと、この先生の手術数が凄いことが感じられた。

 

あれから5日ほど経ち、かなり指は動くようになった。まだまだ違和感はあるし、何かのはずみに痛みはあるが、手を切開したにもかかわらず、数日でこの状態というのはなかなかたいしたものだ。

 

何よりも、何年も悩まされた指の引っ掛かりがなくなり、開放感がハンパない。