OSA日記

旅と食と健康とメンタルと

四国遍路 5_4

4日目

夜中の物音のためいつものようには熟睡できなかったものの、6:00には起床し、6:30には朝食。食堂にいるのは遍路だけで、夕べ騒いでいた人たちはまだ夢の中なのだろう。

38番札所から39番まではさまざまなコースがあり悩んだのだが、昨日と同じコースを引き返すのが一番近いのでそれにしようと考えていた。が、食事のあと女将さんの「東回りで来たのなら西回りで行くといい。景色もいいし1時間くらい長いだけだから」の一言で、西回りに決定。そもそも昨日も早く着きすぎてしまったのであるし、「5キロ長い」というと長く思えるが「1時間長い」だとそれほどでもなさそうに思えたのだ。

7:00に出発、そのまま西に向かう。今のところ青空が見えているが、西の方は雲が湧いてきている。天気予報によるとさすがに連休後半は全国的に下り坂とのことだが、かろうじて高知県西部は「くもり」。ただ時々雨とのことでそれなりに準備をしていたが、結果的にはそれは杞憂に終わった。

旅館街を抜けると左手前方に臼婆(うすばえ)と呼ばれる岩礁を望みながら歩く。臼婆は黒潮が日本で最初に接岸するところだそうだ。太平洋の波とさまざまな岩礁を見ながら歩いていくが、こちらのコースはとても静かで車も人もほとんど通らない。前回歩いた横浪の内海コースに雰囲気が似ている。

臼碆

しばらく行くと県道を離れ、松尾の集落へ降りていく。これが結構急な坂道で、この後も県道はかなり高いところを走り集落は海際まで降りていくというパターンがいくつか続く。この遍路道もかなり下った途端上りの石段になり、位置エネルギーの無駄遣いだと思う。それでも降りてしまえばこういう集落の雰囲気はとても好きで、苦労してアップダウンする甲斐があるとも思う。

松尾の集落を抜けて県道に戻ると、いきなり道が分からなくなった。地図は少々曖昧な書き方をしているので分岐点が良く分からない。携帯電話のコンパスを使って方角を確かめてそちらのほうへ向かうと、果たしてそれっぽい道があり遍路道に入っていく。

道は山道に入っていくが、こちらはあまり人が通らないのか妙に荒れている。何度も倒木をくぐったり乗り越えたり、蜘蛛の巣にやたら絡まれたりと、歩く以外の苦労がたえない。延々と上っていく道を、息を切らせながら歩いて行き、ようやく舗装路に出る。

荒れ果てた遍路道

道途中に「唐人駄場」という案内を見つける。「日本のストーンサークル」という触れ込みが書いてあって大変興味を引く。ぜひとも行ってみたいと思ったが、往復4キロもの寄り道はさすがに出来ないので、帰ってからゆっくり調べてみたい。

舗装路のまま県道に出るかと思ったらいきなりダート(未舗装路)になり、さらに行くと遍路道と書かれた看板があったが、それが指し示す方向はこの先に道があるのかと思うくらい酷いところであった。

クモの巣が絡むので金剛杖を前で振り回しながら歩き、倒木が折り重なって越えられないところは横の急斜面を這い登って行ってかわしたりして、ちょっとした探検のようだった。

ようやく車がちらちら見えてきて、しばらく歩いてようやく県道に出ると、ほどなく県道と別れて大浜の集落に入る。ここにも鰹節工場があって昨日と同じ匂いがする。集落はそのままアップダウンを経て中浜の集落へ続く。中浜はかのジョン万次郎の故郷で、記念碑が立っている。ただ、万次郎関係はこれだけで、後は静かな集落である。

万次郎の碑

集落からは遥かな高みに県道の立派な橋が見える。あそこまで上がるのかと思うとため息が出るが、集落を抜けた後は相変わらず上り一辺倒、ため息は荒い息に変わる。

県道からはまたまた遍路道で、小さな峠を抜けると地図に書いてある。相変わらず荒れた道に入るが、100mも行かないうちに二重三重にクモの巣に絡まれ、ここはこれまで以上に酷い道だと危機感を感じる。距離も長くこのまま行くとろくでも無いことになりそうだと思い、今回ばかりは車道にしようと引き返すことにする。

結果的にはこちらが正解で、距離は長いもののゆっくりと下っていく道で歩きやすいし、ほどなく海沿いに出て土佐清水の町が遠望できるようになる。このまま海を渡って直線的に行けばかなり近いがそういうわけにもいかず、道はぐるりと相当な遠回りをして町に入ることになる。

町外れには「黒潮市場」という鮮魚や土産を売っている所があり、車や人がいっぱいだ。歩いている間はこういうのにはあまり興味はないが、その隣に公園があるので休もうと入っていくと、市場の前に屋台があって「鯖の竜田揚げ」というのが売っている。竜田揚げには目がないので300円を投じて買ってみたが、これがかなり旨かった。公園の東屋で靴を脱いで大休止しながら竜田揚げを貪り食う。

サバの竜田揚げ

このあたりから雲が晴れ、快晴となって日差しもきつくなってくる。

ずっと鄙びたところばかり歩いていたので大都会に見える土佐清水市街をぬけ、国道321号線で足摺半島の付け根を越えていくために上っていく。

この先には似布利トンネルがあるが、見えてきたトンネルはできたてのピカピカで、地図で見るのよりかなり長い。名前は同じなのでそのまま進んでいくが、やはり新しいバイパスが出来ていたようで、トンネルを出てもそのまま一直線に素晴らしい道が続いている。

一直線のバイパス

結局似布利の集落から昨日と同じ道を引き返す予定だったのが、昨日休憩した小学校のところが合流点となった。距離的には少しくショートカットできたようだ。

しばらく歩いて大岐海岸にでるが、木橋がどうなっているか分からないので「おかみち」を通ることにする。結果的には今日は木橋のところは引き潮で渡れたのだが、その辺りはまさにサーファーだらけでごった返していたので、やはりゆっくり歩ける国道でよかったと思う。

その後は昨日入り損ねた遍路道に片っ端から入っていくことにする。久百々からは海岸沿いに歩くが、これで太平洋は見納めだ。遍路ではもう太平洋沿いに歩くことはないので景色を目に焼き付ける。

やがて下ノ加江の集落が見えてきた。結局西側ルートでも早く着いたので今日のコースは正解だったと思う。

宿近くのコンビニで休憩を兼ねて時間つぶしをする。コンビニのベンチは「お遍路優先」となっており、60歳台と思しきご夫婦が座っている。話してみると奥さんがマメで困っているとのこと。靴や靴下のことをアドバイスするが、よく話を聞くと本格的な登山もしていて、百名山のほとんどを制覇しただの冬はスキーをするだの、とてもパワフルなご夫婦で、なんでマメに困っているのだろうと思う。

15時を過ぎ、すぐ裏にある宿Aに入る。先日と同様楽しく夕食を頂き、部屋でゆっくりする。やはり遍路宿は静かでいい。
21:00就寝。

本日の歩行は39000歩、およそ30キロ。
それにしても今日も予報とは違い良い天気だった。同じ高知でも中部から東は天気が良くなかったようなので幸運であった。