OSA日記

旅と食と健康とメンタルと

四国遍路 7_1

某年4月29日~30日

今年のGWは10連休というのが会社の年間スケジュールで発表されたのは随分前のことで、フルに使えば今回のみで伊予を打ち終えることが出来るなとほくそ笑んだものだった。
実際簡単に計画を立ててみると、体力的に横峰寺雲辺寺という難関を突破出来れば讃岐まで行く行程が作成できたのだが・・・。

転勤になり4月末で引っ越しすることになってしまい、なんとかGW前に特別休暇を取れたものの、予定は短縮せざるを得なかった。それでも7日間の計画をたてたが出発は引っ越しの翌日となり、大阪からの出発となり楽にはなったとはいえ、今回も夜行バスなので体力が若干心配だった。

担いでいく荷物

整理するとこう

4月29日夜、まとめていた荷物を背負い、笠と金剛杖を持って出発。家から駅まで徒歩5分、そこから大阪駅まで約20分と、随分楽になったものだ。大阪からはJRバスの「松山エクスプレス」で松山へ。3列シートの快適なバスの筈だったが、やはり引っ越しで結構体力を使ったのか熟睡とはほど遠い状態で、バスを降りたときは正直身体が重かった。

松山駅では30分の待ち合わせで、前回終了地である久万高原へ向かう落出行きのバスに乗り込む。この1時間あまりのバスの中では結構眠ったので、若干は体力が戻ったかもしれない。
1年前に打ち終えた久万高原のバスターミナルは立派な建物で、トイレもきれいなのでここで準備。CW-Xを装着し、靴紐を固く括り直して完了。

8:00久万高原出発。
去年打ち終えた44番まで久万の町並みを懐かしく思いながら歩いていくが、今回はどうも普段以上にザックが重く感じる。いつも軽量化には苦心するのだが、どうやってもこれ以上軽くならない。体力的な原因もあるかとは思うが、この辺りが限界なのかもしれない。

ほどなく44番大宝寺に到着。山門で拝んだ後、新しい行程に出発。ここからは小さな峠を越えることなるが、やはり結構きつい。身体がなまっているのか引っ越し疲れか知らないが、今回は前回のような「甘い見積もり」をしないように注意しなければならない。
ただ、体力的にはともかく、久々の遍路道は気持ちよいものだ。歩きながら朝食代わりのおにぎりを頬張りつつ、休憩なしで登っていき、やがて峠を越して下りへ。

車道との合流点に到着。しばらく車道の端を歩くと河合の集落に降りていく道が分岐している。河合は昔遍路で大層賑わったところだそうで、遍路宿もあったらしい。今では想像出来ないような小さな集落だが、そう思うと趣があるような気がする。

再び車道に出てしばらくすると、遍路道の案内があり田園風景の中を歩く。穏やかな風景の中を歩いていると石畳の本格的な遍路道となり、やがて上りが始まった。次の札所はかなり山深いところにあるのでこういう道は想定済みだが、やはり夜行明けの身体はまだまだ慣れていなく、息を切らしながら進んでいく。

それにしても、どうも普段より出だしが良くないような感じで、気合いが入らずテンションが上がらない。この先の道に緩急の選択肢があるが、楽な方にしようと考え始めていた。

初日から上りが続く

やがてくだんの分岐点に到着。案内を見ると急坂を登る八丁坂と、距離は長くなるが少し平坦な道に分かれている。ところが気持ちとは裏腹に、脚は勝手に八丁坂を登って行く。この先膝を痛めたり体調が悪くなったりするかもと思いながら、休憩もせずに一気に160mの標高差を駆け上がり、ようよう頂上に到着。

やれば出来るではないかと思いながら腰を下ろして休憩し、息を整える。その後は尾根道だが平坦なまま済む筈もなくアップダウンが続き、それでももはや想定済みなので気にせず進んでいく。途中には「行くかやめるか、迷ったときは行け!」という札を見つけ、選択肢が誤ってなかったと確信する。

札に励まされる

しばらく歩いたあと下りに入るが、道がザレ場になり滑りやすくなる。しばらくゆっくり下っていくと、下の方から札所らしい鐘の音が聞こえてくるが、音はすれどもなかなか姿が見えない。

やがて奇岩怪石が連なる行場に入り、有名な「せり割行場」に到着。これは巨大な岩が真二つに割れたもので、人がやっと通れるくらいの隙間に鎖がひかれている。手前の扉には鍵がかかっており、ここで修行したい人は寺で鍵を借りて入り、鎖やはしごを登って岩山の頂にある白山権現に参る、とある。

巨岩の割れ目にあるせり割り行状

余裕があればやってみたかったが今回はパスし、そのまま下っていく。しばらくザレ場と格闘し、ようやく45番岩屋寺に到着。
山を下ってきたので搦手(からめて)から寺に入ることになり、久々の読経は順番を間違えて大師堂から始めてしまった。読経後休憩して辺りを散策してみるが、この寺は崖にへばりつくように建てられていて境内に余裕がなく、かなり高いはしごの上にも行場がある。興味はあるが、高所恐怖症の身としては行きたくても行けない。

岩にへばりつく岩屋寺

ベンチに座って休憩するが、いきなりちょっと無理をしたせいか、心持ち足の裏が痛いような気がする。例のボルダースポーツを塗り込み、納経した後出発。

本来の参道を下っていくが、ここは駐車場からかなり高くまで登ることになるためか、車で来た人は皆息を切らせながら汗だくで登ってくる。本来の遍路はこうでなくてはと思いながらも、昼になったので腹が減ってきた。参道の終わりにいくつか店があったが食事になりそうなものはなく、よもぎ入りの回転焼きとやらを買い、歩きながら食べる。熱々で旨かったが、それだけではとても足りないので常備している行動食も食べて昼食を補う。

ここからは再び久万の町へ引き返すことになる。平坦な道と思っていたがやはり遍路道はアップダウンが続く。奇岩が続く古岩屋を抜けるとまたまた登っていき、八丁坂の分岐に到着。

ここから河合の集落を抜け、中峠入り口までは行きと同じ道。違うのはそのまま車道の峠御堂トンネルを抜けるのだが、歩道がなくわずか1mくらいの側溝の蓋の上を歩くしかない。600mもの間に何台も車が行き交い、特に大型車が来たときは壁にへばりつくなど生きた心地がしなかった。

トンネルをでて遍路道を下ると久万の町に入り、前回立ち寄った於久万大師を遠目に眺め、旧市街を抜けて国道33号線に合流する。今日はあと4キロくらい歩くと終了だが、いつものようにこの区間が一番辛い。道はまっすぐでどこまでも見渡せるし、景色は変わらず行けども行けどもゴールに着かない気がする。それでも遍路道で見かけた「一歩ずつ進んでいけばいつかはゴール」の言葉をかみしめながら歩いていく。

札に励まされる

16時を過ぎようやく遍路道に分かれてすぐに本日の宿のT庵に到着。この宿は私の古い遍路地図には載っていなくて、前回行程の途中で看板を見つけて記憶していたところである。元々遍路をやっていた人が、歩き遍路のためにと開業したところだそうで、髭のご主人と奥さんが親切に迎えてくれる。

部屋にテレビなどはないが、洗濯や風呂、食事などは非常に満足出来るもので、いろいろな情報もあってありがたい。同宿の人たちとも楽しく話したりした後、部屋に戻る。さすがに疲れたのと、明日は予報では雨で結構強く降るとのことなので、8時頃早々に寝てしまった。

本日の歩行は43,000歩、27キロの行程だった。