OSA日記

旅と食と健康とメンタルと

四国遍路 7_7

5月6日

7日目。

前回と同様に、今回もどこで終えるか非常に悩んだが、前回と違うのは、しばらくJR沿いに進むのでどこで終わっても融通がきくということだ。次回のことや帰宅のこともいろいろ勘案し、いくつかの案を作成。

①距離的には伊予土居駅がいいのでここまでとして、各停で伊予三島まで出て特急で帰るか、観音寺からバスが出ているので、そこまで各停で行く
②手っ取り早く伊予西条から特急もしくはバスで帰る
③中間地点の新居浜まで行き、特急で帰る。
④いっそもう1日追加し伊予土居で宿泊、翌日は伊予三島まで歩く。

さんざん悩んだあげく、③を採用。
次回からは距離が近いので夜行バスが使えないいため鉄道で来ることになるが、そこから始めるとすると、新居浜出発で1日目は三島で宿泊するのが都合がよいからだ。新居浜遍路道からかなり逸れてしまうので敬遠していたが、歩くことには変わりないのであまり気にしないことにした。

ということで、朝は割とゆっくりできる。通し打ちの人は朝食もとらず出発したらしく、広い食堂には私と宿の子どもらしい小学生の男の子だけで、そういえば今日は平日だった。朝食を食べ終えた男の子は、礼儀正しく手を合わせて「ごちそうさま」と言うと、食器を厨房に持って行ってそそくさと出ていった。一人きりになり落ち着かない朝食をとった後、部屋に戻って出発準備。新居浜までは遠くないため、CW-Xを装着せずに出発することにした。CW-Xは確かにいいが、逆にこれがないと不安で歩けなくなってしまっていてこれではいかんと思う。装着せずに歩くとどのくらい疲労度が違うか、確かめたい気持ちもあった。

宿泊した温泉宿

昨日から引き続き旧道の讃岐街道を歩いていく。続々と通学の小学生とすれ違い、ほとんどの子どもが元気よく挨拶してくれる。途中途中で旗を持っているおじさんも挨拶してくれ、一度間違えた方向に行きかけた私に正しい道を教えてくれたりする。松山とは大違いだ。

この讃岐街道は延々と続く。地図を見ても見所がほとんどないことが分かるが、歩いていてあまり楽しくない。途中の地蔵庵で一服した後は休むところもなく、ひたすら進むしかない。

延々と続く讃岐街道

とうとう新居浜市に入り、駅への分岐の少し手前に接待所があったので、ここで遍路の装備を解くことにした。傘をビニールで包みザックに固定し、杖もビニールで包む。駅まではもう少しあるが、気持ちはすでにただの旅行者である。やがて従来の遍路道からそれて新居浜駅へ。
ここまでの歩行は23,000歩で約15キロ。11時には駅に着いた。

GW中なので鉄道は混んでいるとは思ったが、何時に駅に着くか分からないので指定席はとっていない。最悪岡山まで立っていくことになるかと思ったが、みどりの窓口で確認すると30分後の特急と乗り継ぎの新幹線共にあっさり指定がとれた。しかもいずれもA席(窓際)で、少々拍子抜け。

駅の売店で土産のタルトを買い、構内の食堂で今治名物という焼豚目玉焼き丼というのを食べる。考えてみたらまともに昼食をとったのは最初で最後である。11:30発の特急に乗って四国を離れる。帰りの特急は快走し、新幹線を乗り継いで夕方前には家に着いてしまった。ずっと歩いていた身には、特急の速度は速すぎるような気がする。

帰途に乗った特急しおかぜ

そういえば、結局CW-Xを装着せずに歩くと結構足が疲れることが分かった。これは一種のドーピングなのではないだろうか。

今回は札所が多く、20もの札所を回ることができた。前回が4カ所、その前は2カ所だったのでいかに多いか分かろうものだが、40回も読経し6、000円も納経料を払ったのかとも思う。いずれにせよ札所も4分の3まで終わり、何となく先が見えてきた。楽しみなような寂しいような・・・